文京区には大小合わせてさまざまな公園があります。
ここでは、それぞれの公園の見所などについてご紹介しましょう。
関口台地の南斜面の神田川沿いに広がる東西に細長い公園です。
途中で園路が二手に分かれたり、様々な重量感のある石が添えられた石の広場や、
西洋風の山小屋を模した時計搭のある四阿(あづまや)、藤棚のあるテラスなどがあり、
変化に富んだ景観が楽しめます。テラスの先には石組みの池があり、
神田上水取り入れ口に使用されていた大洗堰を復原しています。斜面地には浮き橋状の遊歩道があります。
元は徳川光圀の弟である頼元が1659年に屋敷を建てた所でしたが、
明治36年に東京高等師範学校がこの地に移り、戦後、東京教育大学の敷地になりました。
同大学が筑波大学となって筑波に移転した際、昭和59年にその一部を「教育の森公園」としました。
災害時の避難広場となる自由広場を中心にして、
そのまわりに、水遊びのできるじゃぶじゃぶ池や緑濃い樹林帯、山岳風の景観の林間広場、
二つの半月池や石張りの正門広場などがあります。
江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房により江戸の上屋敷の庭として造られ、
二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。光圀は明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れて、
中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、
天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。
庭園は池を中心にした「回遊式泉水庭園」で、
随所に中国の名所の名前をつけた景観を配し、中国趣味豊かなものになっています。
また、各地の景勝を模した湖・山・川・田園などの景観が巧みに表現されています。